私は、自然科学分野を専攻する者ではなく人文社会科学分野を専攻する者であるので小保方氏の英科学誌・ネイチャーに発表された研究の自然科学的結論を否定するつもりはない。また、英科学誌・ネイチャーが掲載した以上、一応の合理性を有する研究であることは間違いないと思う。しかしながら、私は、小保方氏の自然科学者としての姿勢及び主張の不合理さを認めざるを得ない。

 

まず、世界の優秀な大学及び研究機関のノーベル賞受賞者級の学者を含む多数の学者が再現できない実験プロセスを小保方氏が「200回以上再現した」と発言していることである。そもそも、ES細胞(胚性幹細胞)iPS細胞(人工多能性幹細胞)に比べて作製法が格段に容易であるということがSTAP細胞発見のメリットであったはずであるから、小保方氏のみが理解できる特殊な方法でなければSTAP細胞を再現できないのであれば、STAP細胞発見のメリットは否定されることになる。この場合には、仮にSTAP細胞が実在しても「世紀の大発見」と言うには及ばない程度の細胞ということになるのではないか?

 

また、問題の中心は、STAP細胞が実在するか否かではなく、論文作成及びデータ収集の過程に不正があったか否かなのであり、仮にSTAP細胞が実在しても論文作成及びデータ収集の過程に不正があれば、小保方氏が学者として不適格であることには変わりがない。日本の社会では、同情と非難とが半々の状態にあり、STAP細胞が実在すれば論文作成及びデータ収集の過程での不正問題は宥恕されるべきだという意見も多いが、このような結果オーライの意見には賛同できない。国際社会では、研究者の剽窃等の論文作成及びデータ収集の過程の不正は厳しく咎められる。これでは、今後、日本の学者による新研究発表が国際社会で常に疑問視されることにもなりかねない。思うに、同情的な方々の同情の原因は、割烹着を着た日本的美人の研究者が記者会見で泣いたから可哀想だというような極めて感傷的なところにあるのではないだろうか?

 

次に、小保方氏は、理科学研究所の判断に対する再審査請求をした際に、再審査委員の半数を法律家から選ぶことを要求した。小保方氏は、自分の研究プロセスの法的正当性を証明してどうする考えなのだろうか。問題は、小保方氏の研究過程での研究者としての姿勢及び適格性である。小保方氏の研究過程に不正があったか否かの判断が純粋な学術的評価の問題を含む場合には、争訟性がなく、法的に解決される問題ではないだろう。

 

なお、以下のような最高裁判例がある。「政党の結社としての自主性に鑑みると、政党の内部的自律権に属する行為は、法律的に特別の定めのない限り尊重すべきであるから、政党が組織内の自律的運営として党員に対してした除名その他の処分の当否については、原則として自律的な解決に委ねられるのを相当とし、したがって、政党が党員に対してした処分が一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題に止まる限り、裁判所の審判権は及ばないというべきであり、他方、右処分が一般市民としての権利利益を侵害する場合であっても、右処分の当否は、当該政党の自律的に定めた規範が公序良俗に反するなどの特段の事情のない限り右規範に照らし、右規範を有しないときは条理に基づき、適正な手続に則ってされたか否かによって決すべきであり、その審理も右の点に限られるものといわなければならない。」(最高裁判決昭和631220日 判時1307.113)。同判決は、政党内部の問題に関する判決であるが、同判決の基礎となる法理(いわゆる「部分社会の法理」)は理化学研究所のような学術団体の内部規律の問題にも適用し得、仮に小保方氏が純粋に学術的に解決されるべき問題を法廷闘争に持ち込んでも裁判所の司法判断には馴染まない。同判決のいう「裁判所の審判権は及ばない」とは争訟性がないという意味である。したがって、仮に理科学研究所の懲戒処分に対して小保方氏が無効又は取消訴訟を提起しても、争訟性がなく裁判所は訴えを却下することになるだろう。仮に日本の裁判所が小保方氏の主張の法的正当性を認めて理化学研究所の懲戒処分を無効とするか取消しても、小保方氏の学者生命を救うことにはならないだろう。逆に、世界の学術研究者は、同判断を受け入れることができず、むしろ日本の裁判所が世界から物笑いの種にされるのではないだろうか?

 

さらに、小保方氏は、研究者の中にSTAP細胞の再現に成功した者がいるが、個人情報守秘の理由から当該研究者の名前を明らかにすることはできないと述べた。しかしながら、仮に再現研究者の氏名が「個人情報」に該当したとしても、実際には当該個人情報の保護がプライバシー権であるという理由で守秘が保護されるだろうから、「世紀の大発見」として世界中を騒がせたほどの研究の信憑性が問題になっている本件で、「公共の福祉」を加味した場合、利益衡量の視点から、同個人情報が保護に値するかどうかは疑問である。ある研究者の研究が他の研究者によって検証・確認された場合、同研究者の検証結果は有力な後援であるから、公表するのが自然であると考える。実際、ノーベル賞受賞者の検証研究者や共同研究者が世間では多数知られている。また、実験研究上の機密事項が含まれるから、実験ノートを公開しないという姿勢も腑に落ちない。

 

いずれにせよ、理科学研究所の懲戒処分を受け、小保方氏の学者生命が失われるか否かの瀬戸際の状況で個人情報を楯に取って再現研究者名を公表しないことが小保方氏の利益になるとは思えない。自然科学者の小保方氏がしきりに論文作成及びデータ収集の過程の不正を法的に争おうとする理由は、研究者の職を守るという保身に重点があるのではないだろうか。率直に言えば、未だ早稲田大学出身者からノーベル賞受賞者が出ていないことも関係があるのではないか?

 

4月16日の記者会見で小保方氏の上司・笹井芳樹教授は、「山中教授のiPS細胞に何ら対抗意識を有していなかった」旨をコメントしたが、同種細胞のES細胞の研究者がノーベル賞を受賞したiPS細胞の研究に何ら対抗意識を抱いていなかったというのは決して笹井芳樹教授の人間性を高める評価を与える発言ではないだろう。スポーツ界でライバル同士の対抗意識、すなわち、ライバル意識が記録や技術を向上させる原動力となるように学者間の対抗意識、すなわちライバル意識が研究水準を向上させる原動力になることに疑いはないと思う。だから、「山中教授のiPS細胞の研究に何ら対抗意識を有していなかった」旨の笹井芳樹教授の発言は、全く偽善的な態度か、山中教授のiPS細胞の研究を取るに足りないもののように扱う傲慢な態度に基づくものと考えざるを得ない。

 

小保方氏が「200回以上STAP細胞の再現に成功した」と発言している点に関しては、200回以上成功実験があるということは実験の成功率を80%としても失敗実験も含めれば全実験数は250回以上ということになり、1回の実験に7日間を要すると推定した場合、約5年間の年数が必要となり、1回の実験に10日間を要する推定とした場合、約7年間の年数が必要となる。小保方氏は、2011年3月、学位論文「三胚葉由来組織に共通した万能性体性幹細胞の探索」により 、早稲田大学から工学博士号を取得したから、以来約3年間しか経過しておらず、余りにも不自然な主張と考える。仮に7年間を要したと推定した場合には、現在、小保方氏は現在30歳であるから、23歳以降実験を続けてきたことになる。

 

ところで、再審査請求に際して小保方氏は実験ノート及び物的証拠らしきものを何ら提出せず、弁明書(?)のみを提出したが、小保方氏が法廷闘争を示唆し、偽装問題等で実績のある大物弁護士・三木秀夫氏まで雇っているのに、この対応は理解に苦しむ。勿論、弁明書のみでは証拠の裏付けのない主張の応酬にすぎず、再審査請求が認められる訳もないし、法廷闘争に勝ち抜ける訳もない。果たして三木秀夫弁護士が小保方氏に法律的に何をアドバイスしたのか疑問を抱かざるを得ない。